| 幸せとは何か
―(春野)まずはお仕事の紹介をお願いします。
前野:幸福学とか幸福経営学、人々がどうすれば幸せに働けたり、生きていけるかの研究を行っています。もともとはロボットの研究をしていたのですが、ロボットが笑うよりも人が笑う社会を作ることの方が優先度が高いと思いまして。ロボットを作るよりも人々の心が幸せな状態になるほうの研究をしたいと思ったのです。
―それは何かきっかけがあったのですか?
前野:元々エンジニアなのでカメラとかロボットを作っていたのですが、設計論の中に幸せが入っていないんですよ。カメラを使っても幸せになるかならないかが保証されていないわけです。保証書付きじゃない製品を作るのはおかしいじゃないですか。製品とかサービスとかを使えば使うほど幸せになる。組織で働けば働くほど幸せになる社会を作る必要がある。そのためには幸せについてもう少し分析する必要があると思ったのです。
―どのような状態が「幸せ」だとお考えですか。
前野:よく誤解されるのですが、単なるハッピーじゃないんですね。ハッピーと幸せはちょっと意味が違って、ハッピーは感情としての幸せです。短期的に楽しいとか嬉しいという状態。「幸せ」というのは英語で言うとWellbeing っていう単語がありますが「良い状態」のこと。心と体と社会が良い状態であることです。辛いことや嫌なこともあるけど「良い人生だったな、幸せな人生だったな」という時の幸せも含む社会がより良い状態のことです。
| 自然と助け合える人間関係
―これまで見てきた会社の中で幸福度が高いと思える会社は?
前野:伊那食品(※)はすごいです。それで最高顧問の塚越さんとか社長がすごいのかと思ったら550人いる社員全員どなたとお話してもみんなきちんと同じようなことを理解されている。例えば売上目標とか立てない。あるいは会議には資料がない。けれどもみんな自律的にやっていて家族みたいに信頼し合っているんですよね。
―どういう状態ができると幸福度が高くなるのでしょうか?
前野:福利厚生があって休みが多いと幸せだと思われがちですが、幸せについて心理学ベースで統計的に分析した結果から言えることは、やはりやりがいをもっていて多様な繋がりがあること。やらされ感で働いている人は幸せじゃない。仕事にやりがい、生きがい、ワクワク感を感じていること。お互いに信頼感があって尊敬し合っていて、この人のためなら働ける、この人と一緒に働くのは楽しいっていう、一昔前の言葉で言うと家族主義経営みたいな。友人主義といってもいいんですけれど。
―伊那食品さんはそのやりがいと繋がりが十分にあるということでしょうか。
前野:家族みたいなんですよ。やりがいっていうよりも繋がりがすごいですよね。本当にみんな信頼し合っている。例えば製造現場の人とお店との繋がり。お店で人が足りなくなってブザーを押すと製造現場の人がスーっと来て手伝うという。家族だったらお手伝いを自然にするじゃないですか。そんな感じでみんなが助け合っている。
※ 伊那食品工業株式会社(https://www.kantenpp.co.jp/)
|「やらされ感」からの解放
―職場の中でやりがいや生きがいを見出すためには何が必要だと思いますか。
前野:まず経営者がやるべきことは権限の委譲とか理念の浸透ですよね。要するにやらされ感が一番いけないわけですから。権限がなくて上司に言われた通りルールとかマニュアル通りで働いているとやらされ感になります。そうならないためには権限を委譲してそれぞれが自分の責任でやるということ。権限委譲するためには教育もしなきゃいけないですよね。教育をして能力を高めて権限を委譲するというのが一つ。それから視野が広い人が幸せなんですよ、結局。視野が狭くて地味な繰り返し作業としか思えないことも、それは会社の理念を達成してよりよい社会を作ることだと視野を広げて思えれば、全ての仕事はやりがいがあると思うんですよね。ずっと回りまわって人々の役に立ってるんだってことを感じると幸せになりますから。
―視野を広げるための研修や学びが必要になりますよね。
前野:視野を広げるためには知識を増やすということもありますが、やはりコミュニケーションですよね。Will Can Mustというフレームがありますが、ついつい会社はMust、やらなければいけないことから始まり、Can、能力をのばしてやれ、となりがちですけど、やはりWillですよ。君は何をやりたいのか。それに沿った仕事の分配というか。それぞれの人がみんなやりがいのある仕事をするようにする。研修もすべきだし、組織改革、組織開発もすべきですよね。
―どんなことをすれば視野が広がりますか?
前野:一番効くのは対話だと思います。今、働き方改革のし過ぎでコミュニケーション不足になっているところが多い。1on1(ワンオンワン)ミーティングとかコーチングとかが流行ってますけど、やはり上意下達の命令形のコミュニケーションだけじゃなくて、下の意見とかみんなの意見を自由に聞くようなコミュニケーションを活発化させる。だからコミュニケーションスキルの研修も必要でしょうし、コミュニケーションそのものを増やすような活動っていうのも必要でしょうね。
― たくさんしゃべることができるような場づくりでしょうか。
前野:雑談のような無駄に思える会話が実はすごく大事なんですよね。効率的に目の前の会話だけをしていると視野が狭くなりますけど、無駄のようなことって実はその周りに広がってることを相互理解することじゃないですか。だから本当にオープンになって、安心安全で言いたいこと全部言う。「部長の考え方は僕わかんないですよ」って素直に言えるような職場づくりっていうことですよね。
― 信頼関係はどう作ればよいでしょうか。
前野:伊那食品さんの例で言うと一つは朝の掃除ですよね。広い庭をみんなで自主的に掃除するんですよ。自主的ということは何をするのかを俯瞰的に捉えなければいけないから、従業員一人一人が経営者のように考える力、力を合わせる力、それから感謝と利他を育む力、それがうまくできていると思うんですよね。また毎年国内海外と交互に社員旅行に行くんですよ。そのたびにいろいろな部署の人が集まって、多様な人が交わる仕組みができているんですよね。
| 幸福度と生産性・創造性
― 幸福度と生産性の高さの因果関係についてどのようにお考えですか。
前野:それはいろんなエビデンスがあります。アメリカの研究だと幸せな社員の方が不幸せな社員よりも生産性が1.3倍高いという研究結果があります。それから日立の矢野さんがやっているHappiness Planetという幸福度計測によると、幸せなチームは不幸せなチームよりも平均すると3割くらい幸福度が高かったそうです。いろいろなデータを見ると大雑把に言って、幸せな人は3割ぐらい生産性が上がる。10時間の労働が7時間になるぐらいの、かなりの効果ですよね。
― 意欲的に仕事ができていると生産性も高くなっていく。
前野:そうですね。あと視野が広いこと。視野が広ければ解決策とか相談する人が見つかりますよね。幸せな人は不幸せな人よりも創造性が3倍高いっていうデータがありますが、3倍って凄いじゃないですか。
| 社員の幸せを一番に考える
― 今の日本の組織を見ていると不幸せな人が私は多いような気がします。
前野:昔からの企業がなんとなく閉塞感で喘いでいるような気がしますよね。最近の若い会社、若い社長が経営している会社は幸せそうなところが出てきていますね。その格差が広がっている感じがします。
― 幸せ格差。閉塞感のある会社はどうしたらいいでしょうか。働いている人は苦しいですよね。
前野:まずトップが社員を幸せにするっていうことを考えるべきだと思います。それから中間管理職あるいは若い社員までみんながWellbeingを考えると、生産性も創造性も上がるわけですし、しかも寿命だって伸びることがわかってきた。みんなで変えようっていう機運になれば実は意外と簡単だと思うんですよ。やることはやる気を出して社員相互に繋がるだけですから、小学校でもやってることですよね。チャレンジとか夢とか思いやりとか、小学生がみんなで学級会とかお楽しみ会とかと同じことなんですよ。私もいくつかの会社でトライしてみましたけど、幸福度アンケート取ってみると半年ぐらいで結構上がりますね。2、3年やると相当幸せになるんです。「会社じゃムリムリ、しょうがないよ」っていう風になっているのを、ちょっと常識を覆して、家族のように幸せになることをやってみようよってみんなで思えればいいだけなんですよ。
― 利益を上げることを目的化している会社は「幸せになろうよ」ってやった時に生産性が下がるんじゃないかって恐れを抱いてしまうんですよね。180 度大転換の組織風土改革なので。そこがたぶん乗り越えられないんじゃないかなと。
前野:売り上げ目標やめましょうっていうのは怖いですよね。でも理論的にいうと、売上目標をやめると幸せになる、生産性も創造性も上がる。伊那食品さんも「寒天」では数十年前はほとんど下位メーカーだったのが、売り上げ目標やめてからずーっと増収増益ですからね。もうまさに結果が出ているわけですよ。だから恐れずにやってほしいですね。
― 幸せになれる会社に入りたいという人が増えそうですよね。
前野:今の新入社員はやはり働き甲斐とか職場の心地よさというのを重視して会社を選びますから。まさに幸せな職場を選ぼうとするわけですよ。会社が不幸な雰囲気になっているから若い人が定着しないわけで。あなたの会社がもし定着していないとしたら、それはやはり幸福度を高めること。人はやりがいがあると幸せになるということはもうエビデンスが出ているわけですからそっちにシフトしなければいけない。
― これ(幸せな職場づくり)を採用したいという会社は増えているような気がします。
前野:確実に増えています。ものすごい勢いで増えています。
― それはなぜでしょうか。
前野:アメリカでは日本の100倍ぐらい社員のWellbeingを高めるっていうことに経営者が注力し始めています。幸せだと創造性も生産性も寿命も高く、欠勤率も離職率も低い。そういうデータに気づいた人が興味を持ちはじめてくれている状況ですね。老舗の伊那食品みたいな家族型幸せ企業と、サイボウズ(※)さんとかアカツキ(※)さんのような若くて元気でみんなが友達のような企業があります。これからもっと大きくなっていくんじゃないですかね。トヨタの豊田章男さんが伊那食品の塚越さんを慕っていて、トヨタを伊那食品のようにするんだっておっしゃっていることを聞きました。EH(Employee happiness)という取り組みを始めているようで、いよいよ本気だなと。トヨタが本当に伊那食品のようになったら日本中の会社でできるって事ですよね。すると世界中の会社でもできるはずですからちょっと期待しているんですけどね。
※ サイボウズ株式会社(https://cybozu.co.jp/)
※ 株式会社アカツキ(https://aktsk.jp/)
| 牽引型リーダーから調和型リーダーへ
― そういう組織を作るためにはリーダーが変わっていかないと組織が変わっていかない。そういったリーダーをどうやって育てていったらいいでしょうか。
前野:高度成長期の牽引型リーダー、ピラミッドのような軍隊のような組織をトップが引っ張るというものではなくて、今は調和型リーダーですよね。多様な変化の時代ですから「1万人を私が統率していくぞ」じゃなくて、1万人いたら1万人の創造性を発揮させる。サイボウズさんは今1000人弱ですけど Google とか Amazon にも日本のやり方で負けない自信があるって言うわけですよね。全員の知恵を使えば創造性が3倍になる。ものすごくパワフルじゃないですか。経営論、リーダーシップ論が変わりつつあります。まさに牽引型から調和型へ。まあ牽引する時はするんですけど、やっぱりみんなの力をどう引き出すかっていうことに移ってきていますよね。老舗の会社も新しい会社もそれができたところから伸びていくっていう時代になっていくと思いますね。
| 幸福学の描く未来
― 経済的に成熟している日本などでは Wellbeingが注目されてきていますが、経済発展が課題となっているアジア諸国ではどうでしょうか。
前野:ダニエル・カーネマン先生の研究にもあるように、収入が少ない時は収入アップは幸せに寄与するが、ある程度成熟すると収入だけでは幸せになれない。これは個人も国家もそうですから、そういう意味では発展途上の国はお金が豊かになってインフラが整備されることのほうが実は幸せに寄与します。そういう意味ではwellbeingのためにはまず経済発展だという方向に向くのですが、日本は本当はバブルぐらいの時に転換しておくべきだった。もう成長したから次は心の豊かさだとなるべきだったのに、従来型のまま突っ走っている会社が今苦しくなっているんです。
― 幸福学を研究し普及していく。その先にはどういうビジョンを描いていますか?
前野:サイボウズの青野さんと対談したとき、青野さんは「もう21世紀の終わりごろの世界がどうなるか見えました」と言われたんですよ。そこまで断言するのかって思ったんですが、サイボウズさんはWellbeingを重視する社会、そういう会社を作ってるという自負があるんですよね。それをやっている限りはGAFA(※)にも負けない。GAFAは利益を得ることがまず中心にあるので、本当に人々が幸せになるって事をちゃんと考えていけば日本にも勝ち目があると。それは僕が思っていたこと本当に一緒で、それを目指すことです。21世紀の終わりには僕はいないですけれど、やはりこの流れがもっと大きくなる時代を作る、そのためにもいろんな人と協力しながらやっていくっていうことですかね。10年ぐらい前には「宗教ですか」とかすごく怪しまれたのですが(今でも言う人はいますけど)減ってきましたね。「Wellbeing大事ですね」っていう追い風を感じています。
※ GAFA(ガーファ)= Google・Amazon・Facebook・Apple(4つの巨大多国籍IT企業の頭文字)
| Wellbeingファーストでいこう
― これからリーダーとして活躍する人、もしくは組織に向けてメッセージをお願いします。
前野:Wellbeingファーストというか、Wellbeingコンシャスというか、Wellbeing、幸せっていうことをちょっと頭の片隅において(本当は中心がいいんですけど)考えてほしいですね。Wellbeingという概念がないと、過度な効率化とか経済効果っていうことばっかりに目が行くんです。目の前の社員と社会の幸せのためにどうなんだろうかってことを考えてもらうといいと思いますね。僕も様々な組織の運営をする時に悩んだらWellbeingファーストにするんです。ついついどっちの方がうまくいくだろうかって思いますけど、「どっちが幸せなのか」という視点。その視点でふっと考えると実は良い答えが出てくるんですよ。SDGs(※)とかESG(※)とか言われるように、より良い社会をみんなが目指さないと地球そのものが無理な状況になっているじゃないですか。世の中は本当にみんなの幸せっていうのを考える方向に間違いなく行くのでそれを先駆けてやる。簡単ですよね。儲かるのもいいけどどっちが幸せかなっていうことを考えることです。
※ SDGs(エス・ディー・ジーズ)=2015年9月の国連サミットで採択された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」。2030年までに達成すべき17の目標で構成される。
※ ESG=環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったもの。企業の価値を計る指標として注目度が高まっている。

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