| ビジョン:一流のイメージ
春野 小橋さんにとって「一流」の選手というのは、どういう心構えを持っている人をいうのでしょうか?
小橋 「一流」というのは、その分野を極めることだと思います。「一流」になるというのは一本道だけではなく、人それぞれの色々なやり方で極めていくことだと思いますね。
春野 小橋さんが「一流」なるために様々な練習をされたことと思います。日々の基礎トレーニングなどもあると思いますが、「技」を色々考えられますよね。そういうことも「一流」の証なのでしょうか?
小橋 24時間常にプロレスのことばかり考えていました。寝る前もプロレスの試合や、技をかけているイメージなどをして眠りにつく感じです(笑)。
春野 入門した時に、チャンピオンになるというイメージは持っていましたか?
小橋 持ってました。もちろん練習はきつかったですよ。当時は100kgぐらいで入門しました。入門して2~3週間の練習で10kg痩せました。練習は相当きつかったですが、やっとの思いで入門できたので辞めたいとは思いませんでしたね。
春野 入門当時から、チャンピオンになるイメージがあったというのは大きいですよね。イメージがないと実現できないと思いますから。
小橋 そうですね。でも、今から思えばそれはイメージトレーニングだったのかなと思います。イメージするのは毎日ですからね。ただ練習についていくのがやっとでしたね。
春野 練習に慣れて体重も増えて来る。どれくらいでレスラーとしての自信がついて来ましたか?
小橋 デビュー当時はとにかく試合をするので精一杯でしたからね。所属レスラーが多かったので試合を組まれない時もありました。なので試合を組まれるように頑張らないといけないと思ったこともありました。僕は当時、ジャイアント馬場さんの付き人をやっていました。「トップ」という言葉を意識しだしたエピソードですが、デビューして1年ちょっと経った時に組まれた試合の時でした。試合前の練習中に膝の怪我をして歩くのがやっとの状態でしたが、試合を休む気は無かったのです。馬場さんに、日頃から「プロレスラーは怪物であれ」、「試合は絶対休むな!怪我した時はそれなりの戦い方があるはずだ」という教えを受けていたので、試合は絶対休まないつもりでいました。しかし当日、試合前に馬場さんに呼ばれて「どうしたんだ…歩けてないじゃないか。今日はもう休め。今日来ているお客さんはお前を見に来ているのではない。だから今日は休め」と言われました。私は断固「嫌です、出ます、出してください」と言い続けましたが、馬場さんは「お前がトップになった時はもう休めないんだ。でも今なら休める。だから休め」と言ってくださいました。馬場さんの優しさでもありましたが、すごく悔しかったのを覚えています。
春野 その悔しさがこのあとの小橋さんのバネになっているのですね。
小橋 その6年後くらいですかね、秋田県の大館というテレビ中継もない所で、スタン・ハンセンと熱いタッグマッチをしました。椅子で殴られて左腕を22針縫いました。包帯だらけの腕のまま、ホテルに帰り馬場さんに挨拶に行きました。その時に馬場さんが僕の顔を見てニコリと笑って、明日は試合をやるぞ、というのがアイコンタクトで分かりました。その時、自分が「休めない存在=トップレスラー」になれたんだと実感できたように思います。
春野 小橋さんにとっての理想のプロレスラー像とは?
小橋 ジャイアント馬場さんですね。小さい頃から親父がいなかったので僕にとっては親父のようなイメージがありましたね。22針縫った大怪我の後の試合でも、馬場さんの教えがあってこそ戦うことができたんだと思っています。小さい頃からなりたいと思った理想のプロレスラー像ですね。
| 他者との差別化:長所を伸ばす
小橋 最初はみんなチャレンジャーです。チャンピオンになるには、そのための努力を継続しないといけません。新たな入門者を選ぶ場合、僕は実績よりもやる気を重視していました。もちろん実績があったり、体格に恵まれていたりすることはプロレスラーの資質としては良いですが、最後に大事になるのはハートと継続する力です。
春野 やっぱり小橋さんの生き様はそこにあるのですね。やる気と努力。その結果がチャンピオン。入門するレスラーを見られていたかと思いますが、後輩を育成する時に気をつけていたことはありますか?
小橋 人それぞれですが、指導する時は短所を失くすよりも、長所を伸ばすことが人材を活かしていくことなのかと。長所を伸ばしていけば、自分で足りないものは何かが分かってくると思います。
春野 そうですね。長所を伸ばしていくと短所も克服できるとよく言われていますね。長所を伸ばす育て方はスピード感がありますね。
小橋 特にプロレスの場合は個性が必要なので、長所、短所があって平均にする必要はないんですよね。長所を自分の個性にしていかないといけません。
春野 小橋さん自身の個性は、どのように伸ばしていかれたのですか。団体にいるたくさんのレスラーたちに埋もれないように努力された点とはどのようなことでしょうか?
小橋 外国人選手たちに目を向けて、その選手たちに真剣に立ち向かっていきましたね。中途半端ではなくこれ以上ないくらいボコボコにされました。誰も真似できないくらい。だから頑丈な身体に産んでくれた母親に感謝しています(笑)。ボコボコにされると分かっていてもぶつかっていく。それが僕のプロレスです。
| 生きる: 癌との闘いから学べたこと
春野 病気をされましたね。腎臓がん。ブランクがあって病気を克服されて、再びリングに戻ります。その間、病気をされた時に思うこと、考えたこともあったことと思いますが、そこから学べたことはありますか?
小橋 腎臓がんを告知された時、手術の3日前から入院していたのですが、僕は先生にも看護士さんにも「絶対復帰する」と言っていたんです。それで、手術の前日に先生が「話しがあります」と病室に来たのですが、「私は小橋さんをリングに上げるために手術するのではないんです。小橋さんが生きるための手術をするのです。どうか分かってください。腎臓がんの手術をして復帰したスポーツ選手、アスリートはいないんです。小橋さん、もうプロレスでなくてもいいんじゃないですか。生きていれば何でもできますよ」と言われました。それで、僕はプロレスに復帰するということよりも、まず「生きる」ということを頑張ってみようと思いました。その時に(結婚はしてなかったが)お見舞いに来てくれていた彼女が涙を流して「生きて欲しい」といつも言っていました。
春野 自覚症状はあったのですか?
小橋 2006年に入ってから風邪をひきやすくなりました。風邪をひいたらなかなか治らず、治ったと思っても、またすぐにひいてしまう。おかしいとは思いました。疲れやすいというのもありましたが、健康診断でも問題はなかったので、腎臓の異常は見つかりませんでした。それがまさか自分が腎臓がんだったとは思わなかったですね。しかも、腎臓がんにとって最もいけないものがタンパク質(プロテイン)です。なのでスポーツ選手やアスリートが復帰できないと言われているのです。
春野 でも、小橋さんは見事に復帰をされましたね。
小橋 はい、もしかしたら復帰できなかったかもしれない、ドクターストップもかかっていたので。でも、何もトライせずに諦めたくはなかったので、トライして駄目だったら諦めるつもりでしたが。
春野 そこが小橋さんのチャレンジ精神ですね。リング復帰のイメージはありましたか?
小橋 まずは「生きること」に必死になろうと思いました。ただ体重や筋肉は落ちていったので自分の身体を見た時に、もうリングに上がれない、復帰は厳しいかな、とも思いました。復帰をしてもやはり身体はもとに戻らなかったですね。でも、後悔はないですね。応援してくださったファンの皆様の声援に応えるためにも、復帰することができて本当に良かったと思っています。

インタビュー動画はこちら







ver.02.png)
ver.02.png)
ver01.png)
ver01.png)
ver.01_30_印刷(非言語)ver01_ページ_1.png)
ver.01_30_印刷(非言語)ver01_ページ_2.png)
ver.01_30_印刷(言語)ver01_ページ_1.png)
ver.01_30_印刷(言語)ver01_ページ_2.png)
ver01.png)


ver01_30_印刷(問いかけ過去)ver01.png)
ver01_30_印刷(問いかけ・未来)ver01(暖色).png)
